「ノマドランド」感想

見ている間ずっと息が詰まりつづけて、隣の席の人は5、6回そこそこ大きめの声で深いため息をついていた。エンドロールに入った瞬間に安堵してしまった。そういう映画だった。


主人公たちノマドの生き方にはその場その場での人との触れ合い、旅の途中での美しい光景、壁がなくどこまででも行ける解放感などの素晴らしいところがたくさんある。しかし早朝目を覚ました時に気づく"もう愛する人がいない世界を生きている"という辛さから始まり、家賃を払う余裕のない生活や労働の苦しさ、生き方を理解してくれる人がいない孤独があることも明らかで…そういう意味で現在の私には完全に理解することも自分事のように共感することもできない。安易に感情移入させることを良しとするタイプの作品でないことは確かで、そこにある出来事を受け止めて考えるという行動自体に意味があるタイプの映画だ。


「自分に合う生き方を探す」物語としては、どこか感情の持って行きどころが分からなくなるような映画でもあった。キャラクターとしてではなく実在する他者に対して真摯であろうとするような表現がされていたし、受け手の感情をいたずらに操作して結論に持って行って技巧的な上手さで舌を巻かせようというような意図も感じなかった。

しかし主人公の環境の特殊さや淡々とした演出だけではなく、最後にはひとつのゴールが用意されていて安心できるような作り方をされていないことが私を不安にさせたのかもしれない。映画が終わったその後も誰もが色々な問題を背負って歩いて行かなければならない。だからこそゴールにたどり着くまでの景色の美しさとか、その場かぎりの人との触れ合いとかが大事になってくる。"完成度の高い映画"のセオリー的に必要になってくるような分かりやすい「結論」のようなものがなくて、時にはそんなものがないことの方が良いこともある。そう思わされた。


もちろん私にもこの映画が自分のことのように理解できるようになる日も来ると思う。だからそれまでこの映画の存在と映画を見て考えた諸々のことをずっと覚えておきたい。